突然ですが、またエリアを指定して銭湯を周りたいと思っています。

 

前回は札幌市でしたが、今回は・・・・

 

大阪市西成区

 

 

大阪府西成区とは

 

西成区とは、大阪で一番ディープな場所であり、とても庶民的な場所でもあります。

また漫画じゃりン子チエの舞台になった地域でもあります。

またこの周辺の天王寺区・阿倍野区は路面電車が通ったりお寺が多かったりと、私の心落ち着くエリアでもあります。

もともと大阪は日本国内でも有数のディープな土地です。その中でも西成区が最もディープな場所であるとは自他ともに認める事実であると思います。

1度だけ西成区の銭湯に行ったことがあるのですが、木造部分も多く昭和レトロが残っていて、とても趣があったことを覚えています。

 

その時に番台さんから言われた衝撃の一言は未だに忘れることはありません。

 

番台のおじさん「財布を渡しなさい」

 

僕「え?」

 

僕はすぐに聞き返しました。

 

僕「なんで財布を渡すんですか?」

 

番台のおじさん「ロッカーの合鍵を作って盗んでいく人が出るからや。」

 

衝撃です。初耳です。そんなことが起こるとは。

 

そして初めてその銭湯に行った私に、番台のおじさんを信用するか、自分を信用するかという究極の選択を突然迫られる訳です。

 

しかし結果として、おじさんの語り口調にものすごい真実味(いつも言い慣れてる感じ)が感じ取れたので、財布をお渡ししました。

 

無事、銭湯を出てすぐ、角を曲がったところにある衝撃

 

銭湯を出て無事財布を返していただき、外に出ました。角を曲がるとまた驚きました。大正時代からある遊郭の飛田新地に迷い込んでしまったからです。

 

おめかしした若い女性がズラッと並ぶ不自然に同じ外観をした料亭(大嘘)の玄関に座りこちらを見つめています。その隣には「遣り手婆婆」が居てこちらに客引きの声をかけてきます。(「遣り手婆婆」なんて・・・バスティーユ牢獄に収監されてた某作家のおじさんの著作でしか見たことない単語。)

 

僕はランドセルを背負った下校中の小学生たちと一緒にそそくさとその場を通り過ぎました。(その日は平日でした)

 

その日まで飛田新地のことを知りませんでした。大正どころか江戸時代にタイプスリップしたような空気です。銭湯で起こったことだけでもカルチャーショックだったのですが、その後江戸時代にタイプスリップして客引きまでされるとは。まさに隙を生じぬ二段構えでした。もうカルチャーショックどころか精神的ショックが大きすぎてお腹いっぱいです。

 

 

倫理的な問題

 

ここまで文章を書いていると、だんだん自分でも気持ち悪くなってきました。

 

これってスラムツーリズムじゃないのかと。要は「治安の悪い地域に行って、一方的に面白おかしくその地域を消費したり地元の人々を搾取しているだけ」なのでは無いかと。

 

英語で言うところの “slumming”(好奇心からスラム街に行く) なのでは無いかと。

 

参照

【対談】東 浩紀(哲学者・作家)×磯部 涼(音楽ライター)――貧困地域を観光するのはタブーか?“スラム・ツーリズム”の本質と功罪|サイゾー|note(ノート) https://note.mu/cyzo/n/n2cb910a0cdcf

 

正直な気持ち

 

包み隠さず今の心情を吐露すると、西成区の銭湯を周りたいという僕の感情には、他の地域では無いような「非日常体験をしたい」という気持ちと、じゃりン子チエのような消えゆく庶民文化の世界に触れたいという気持ちの2つが入り混じっていると言えます。前者はやや“slumming”寄りですが、後者はむしろ、センスのない再開発で便利なだけで無個性なコンクリートの塊と化した(一部の)都市の現状に対するアンチテーゼやオルタナティブだと言えるのでは無いでしょうか。

 

 

一部の街の無個性化に対するアンチテーゼやオルタナティブとしての銭湯文化を盛り上げたい

 

それで日本で銭湯はどう復興すべきなのかを考えているんですが、例えば瀬戸内芸術祭なんかで有名な直島の銭湯なんかは若い人が多く来ているんですが、あれはアート的(意識高い系的)なアプローチだと思っていて、それはそれで僕にとってはちょっとハードルが高いので、なんというか文化系的だけどもインテリっぽさは無く、意識高かったり傾奇者感が出てるわけでもなく、庶民感を残した銭湯が良い。と思っているんですよね。やっぱり意識高すぎたりオシャレによりすぎると別の壁がそこで出来てしまう気がするので。しかも僕はそういうのものにまた多大なハードルを感じてしまうのでw

 

ここまで書いていて思いましたが、結局一番良いのは「自分自身が既存の銭湯に行ってしっくり来るようになんとかする」ってことなんじゃ無いかなと思いました。

 

その「しっくり来る」がいつか訪れる日が来ると信じて既存の銭湯に入って行きたいと思います。