こんにちは、前回に引き続きベルリンでAirbnbを使用した時のことを書きたいと思います。

今回は、ベルリンでも地価が比較的安いと言われる旧東ベルリンのfrankfurter allee(フランクフルト通り)の物件で過ごした日々のことを書きたいと思います。時期は2016年3月ぐらいです。

(※現在のベルリンではAirbnbは法律で禁止されています。Airbnbを利用する際は、法令などの現地の状況を前もって確認されることをおすすめします。)

オーナーはイタリア人

この部屋のオーナーはベルリンに住むイタリア人カップルの所有物でした。

この物件で良かったことは、

  • 寝室に電気がある
  • いつも近くに誰かがいるという安心感
  • ちゃんと使えるキッチン
  • バスタブがある
  • ショッピングモールが近くにある
  • 駅が近くにあるのでどこへ行くにもアクセスが良い

ということです。

逆に悪かったことは、

  • 事前の説明と違ってネットが異常に遅い(毎秒2キロバイト以下はザラ。正直使い物にならない。なので毎回ダウンロードする時はショッピングモールのWifiを使っていました。)
  • 1階で窓も大きいので、通りから割と丸見え(笑)

ぐらいです。

つまり総じて文句はありませんでした。ここも自室は床が木製で壁が真っ白なペンキで塗られているので、ミニマリスト感ありますし。あと壁が真っ白なのはエコの意味もあるんですね。電球一個でも光が反射して隅々まで明るくなるという。ベルリンはどこに行ってもこんな感じの白い部屋で好きでしたね。

気さくに話かけてきて色々教えてくれるフランス人

この物件には2人の先人がいました。

フランス人とアゼルバイジャン人です。共に男性です。まずはフランス人の紹介からしたいと思います(画像の右奥の人)。彼は某自動車メーカーに米国担当の営業として就職間近の学生です。また彼はDJでもあり、上海の巨大イベントでDJをしたこともあるそうです。その時の動画を見せてもらいました。かなり大きな会場でオーディエンスをアゲアゲにしていました。

またフランス人の彼は筋トレが趣味でした。近所のジムに3人で一緒に通ったりしました。

また彼はスモーカーでした。またビールもよく飲んでいました。

年で言うと僕と10歳ぐらい離れているのですが、「ベルリンのことを色々と教えてやるよ。」とお兄さん風を吹かせた感じでこの家にいる間に色々と教えてくれました。

海外だと自分の年齢(加齢)をあまり気にしなくて良い

実は海外に居ることのメリットで大きいのが、「日本ほど年齢を気にしなくて良い」ということです。ここには英語やドイツ語という言語とそのフラットな文化のおかげもあると思いますが、それ以上に多様性ということが大きいのです。周りにいる人が人種がごちゃまぜなので、老けているとか若いとかいうことがどうでも良かったりしますし、他人種だと年齢が上なのか下なのか全くわからないこともあるからです。(現に年上だと思っていた人が10歳下だということもありました。)ようするに年齢よりも言葉の壁とか文化などのバックグラウンドの違いの方が大きくなるので、年齢とかはそこまで気にならなくなるのです。つまり、外国に住むことが最強のアンチエイジングなのです。

つまり、外国に住むことが最強のアンチエイジングなのです。(強調)

それで話をルームメイトのフランス人に戻します。彼は僕をジムに連れて行ってくれたり(翌日全身がバキバキになりました。)、将来金持ちになってポルシェを買う夢を話してくれたり、僕をヨーロッパ最高峰のクラブ(ベルグハイン)に連れて行ってくれたりしました。(敷居がめっちゃ高くて中に入れませんでしたが・・・いずれこの話も書きたいと思います)

また彼はドイツ語も堪能で、夜EDMを鳴らしていたら、近所のヒッピー風おじいさんが静かにしてくれと忠告して来ましたがドイツ語で対応していました。

(それに、こんなヒッピー風のおじいさんが普通に住んで居るところがベルリンの良いところです。中二病とか若気の至りなどといって冷笑的にならずに死ぬまで自分のスタイルを貫いて堂々と生きていけるのです。)

(また、ドイツの住宅街では基本夜の騒音はご法度です。10時になると静かにしないといけない決まりがあるところが多いそうです。後日フランクフルトでAirbnbに一泊しましたが、家主は夜10時になると寝静まっていました。地元のお祭の日なのにです。ちなみに地元のお祭も10時になるとすべてが終了しビールすら売ってくれなくなりました。さすがドイツ。厳格です。でもこの生活ってとても健康に良さそうで、QOLを上げるための厳格さってのが良いところです。まあ眠らない街ベルリンだと週末は状況が違うのかもしれませんが、クラブとかありますし。)

週末は共用のキッチンでフランス人の彼のMacbook ProでEDMを流しながらタバコとビールでした。僕はタバコは吸いませんでした。どんどんキッチンにビール瓶が溜まっていきました。

近所の酒屋にはビール瓶の山

めちゃくちゃインテリなアゼルバイジャン人

この家で人生で初めてのアゼルバイジャン人に会いました(画像の左前の人)。彼は精神科医でドイツ語も堪能なインテリです。頭が良すぎるのでアゼルバイジャンのアルファブロガーでもあるようです。数カ月後にベルリンのアゼルバイジャン人向けインターネットテレビに彼が普通にコメンテーターとして出てきた時はびっくりしました。多彩でマルチな活躍の人なのです。

アゼルバイジャンについて

アゼルバイジャンは地図ではイランの真上にある中東の国です。北にはアルメニアとジョージア、そして大国ロシアが隣接しています。少し西側にはトルコがあります。ちなみにアゼルバイジャンと国境を接するイラン北部の地域名も「アゼルバイジャン」と言います。実はアゼルバイジャンはソ連の一部でもありました。ソ連時代には交流ができなくなってしまったアゼルバイジャン民族の家族がその悲しみを歌う歌が流行っていたそうで、YouTubeでその歌を聞かせてくれました。ソ連崩壊後はイランと国交が復活し、親族が互いに行き来できるようになったそうです。

エストニアでも感じましたがソ連の圧政の影響はほんと計り知れないですね・・・

「第二のドバイ」アゼルバイジャンという国を侮ってはいけない

アゼルバイジャンと言うと、日本人にとってはその国名の語感からなにやらエキゾチックなものを感じると思います。でもそれ以外のことはよくわからないというのが実情では無いでしょうか。

僕もアゼルバイジャンのことを調べるまでは何も知りませんでした。サッカーでたまに日本と当たる名前が特徴的なアラブあたりの国といった感じです。

しかし、すごいのはその「カネ」です。オイルマネーも去ることながら、首都バクー(Baku)は次のドバイと言われるほほどです。次の万博の開催国候補として大阪と競り合っている都市でもあります。つまりカネなら先進国並みにあるぞということなのです。それでこういう風に医者になれるぐらい有能な若者を先進国ドイツに送り出しているそうです。アイスランドでもドイツに住む旅行中のアゼルバイジャン人の医者の卵に会いました。こういうのはよくあることのようです。

アゼルバイジャン人の彼との夜の散歩

ともかく、ルームメイトであるアゼルバイジャン人の彼とは、よく夜にベルリンの街を散歩しました。彼は英語はまだ話せないようでしたが、僕は英語しか話せないので、非常に限られた語彙の範囲でなんとか話しをしました。語彙が限られていたのですが、彼はアゼルバイジャンの国そのものを良くしたいという気持ちが強く、特に権力者に富が集中していることを不満に思っているそうです。

それと面白かったのは散歩中に彼がオスマン帝国の行軍歌を行進付きで聞かせてくれたことです。中東の人たちはオスマン帝国のことをとても誇りに思っているのかもしれません。それに現在のシリアやイラクのことをとても心配し心を痛めているという話もしていました。中東情勢は日本では情報として入ってくる話ではありますが、同じ中東の人からその話を聞くと、真に迫るリアリティがあります。

僕の部屋で笑ってのけぞるアゼルバイジャン人の彼 

ヨーロッパと中東とアジアから一人づつ、3人の生活が始まった。

こんな感じでひょんなことからベルリン生活が始まりました。このあとアゼルバイジャン人の友達がアゼルバイジャンから来たり、フランス人の友達がフランスから来たり、色々なことがありましたが、次の記事で書きたいと思います。

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