前回の続きです。

 

ヴィリヤンディ城を探索したあとは週末だったこともあり、おうちで夜食をごちそうになりました。

 

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全員集合

 

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エストニアの手作りケーキはおいしい

 

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お母さんと写真を撮る

 

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サウナへ

 

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サウナに薪をくべてくれています。

 

エストニアでは女性はあまり見知らぬ男性とサウナに入るのに慣れていないようでした。この後行ったベルリンではジムのサウナに女性もほぼ全裸で入ってきていたので、少し違うなと思いました。なんと言ってもドイツの女性は強いので。

 

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ドミノ?をしました。

 

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「空気を読む必要はない」エストニア語

 

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写真右の女性はものすごく静かでこれぞエストニア人という感じでした。口数はめちゃくちゃ少ないのですが意見はものすごくはっきりというのがエストニア流です。つまりエストニア語はアメリカ英語やスイスのドイツ語と並んで「コンテクストが低い言語」だと言うことです。コンテクストとは「文脈」や「背後関係」という意味で、ここでは「言葉にしない暗黙の了解が含まれている度合い」のことを指します。逆に日本語は世界一「コンテクストが高い言語」です。「空気を読む」という言葉は言い換えれば「言葉にして全てを言わない」ということです。この度合いが日本語は世界一高いです。次に高いのがヒンドゥー語だったと思います。

 

なので、普段喋り方はすごく大人しい人エストニア人なのに、自分の意見を言う時はすごくハッキリと「それは違う」と言うのでこちらとしてはドキッとすることがあります。

 

「空気を読む」とか「行間を読む」とかもちろんそれは日本に限らず万国共通である文化ですが、最終的にはどんなことでも言葉にして表現する準備が整っているという感じです。たぶんこれはエストニアが様々な人種や民族が行き交う場所だからだと思います。日本語がコンテクストの高い言語なのは島国で戦乱も無かったので同じ文脈や背景を共有している人が多いからでしょう。

 

「最近の若者は全部言わないと分からない」と言う話をたまに聞きますが、それは価値観の多様化で今まで当たり前だった共通前提が崩れているからでしょう。当然「文脈」や「背景」も共有出来るものが減ってきているので、自ずと「言語化しないと伝わらない」ことになっていくと思います。ましてや技能実習生含め労働移民が急増している昨今、いくら日本語で指導すると言ってもやはり今まで阿吽の呼吸で行っていたものを言語化していく必要が出てくると思います。実際に現場ではそれが行われているのだと思いますが。

 

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あるエストニア人に「これ要る?」と聞いて「いらない」とハッキリ言われたときがありました。そういうとき日本人だとやんわり断ったりすると思うのですが、まあローコンテクスト言語だとそんなにはっきり言って良いのかと思います。

まあ曖昧な表現で疑心暗鬼にならなくて済むというのは良いかも知れません。就職活動で「平服でお越しください」(実際はリクルートスーツ)などと言うような暗黙のルールが少ない社会かもしれません。その分成果もハッキリと出さないと生きていけない社会だとも言えますが。

 

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左の中米コスタリカ人の彼はグイグイとエストニア人コミュニティーの中に入っていきます。僕一人では絶対に無理だったでしょう。

 

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年季の入ったキッチン。ソビエト時代から使われてそう。

 

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猫が好きです。世界中どこに行っても言葉がわからなくてもコミュニケーションが取れるからです。

 

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過去記事

世界中どこの国に行っても話す言葉に関係なく話し相手になってくれる「猫」という素晴らしい存在について

https://storys.jp/manage/23573

 

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この日はケーキとピザとビールを飲んでソファの上で寝ました。

 

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おはようございます。

 

エストニア人の若者たちと別れを告げ、コスタリカ人の彼と近くのカフェに行きました。 トイレの表示が直接的過ぎて驚きました。

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その後コスタリカ人の知り合いのロシア系住民の方の家で何故か引っ越しを手伝い、夕飯をごちそうになりました。

 

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IT企業だったのでパソコンを山ほど運びました。

 

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ロシア系住民の方と話すとエストニア人とは違うなということを感じます。もちろん僕に対しては新説でしたが、会話で僕がエストニアに来た理由が「エストニアはITが発達しているから」だと言ってもなぜかそういう話題に対してはつっけんどんに返されたりします。 この写真に映っている少女も僕に一瞥もくれませんでした。そういう細かなところからロシア系住民の置かれた複雑な状況が垣間見えます。エストニアにソビエト時代からずっと住んでいるのによそ者扱いされたり悪者の末裔扱いされたりと様々な思いがあるのでしょう。

 

ヘルマ(Helme)でカウチサーフィンする

 

 

Helmeはエストニア南部の小都市です。ラトビアとの国境に近いです。14世紀に建てられたリヴォニア騎士団の城です。この地は古代エストニアのサカラという国の本拠地だったという記録があり、17世紀にロシア−スウェーデン戦争でスウェーデン軍に焼き払われたそうです。現在では城壁の一部と洞穴のみが残るだけになっています。

 

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あまり夜に来る場所じゃない気がするw

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ロシアスウェーデン戦争で破壊された城の残骸。エストニアは戦争の舞台にいつもなってる。

 

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洞窟

 

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また家に泊めてもらいました。

 

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おじさん。絵を書くのが好きでした。

 

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エストニアのチーズはおいしい

 

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カウチサーフィンで泊まる

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DJブースのあるクラブに泊まります。

 

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楽屋

 

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2泊3日のカウチサーフィン旅が終わりタリンへ帰りました。

 

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帰りに立ち寄ったタルトゥ大学の昔使われていた懲罰房に入れてもらいましたw

(おしまい)

 

 

当ブログのエストニア滞在記シリーズは下の画像をクリック


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